社内には「運命の仲間」がいるかもしれない。ーFNCTR
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2020.06.26
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今回インタビューを行ったのは、株式会社イヴケアで代表を務める五十棲計さん。
五十棲さんは会社の代表でもありながら、博士課程で自身の学問を追求する研究者の一面も持ち合わせている。
起業家でありながら、研究者。このふたつの顔を持つようになったのは、はたして何故なのか。
そして、大学で「学ぶ」その価値とは。
起業家は本来の「なりたい自分」ではなかった語る五十棲さん。しかし、そこには、目の前のことを積み上げてきたからこそ、広がる景色があった。
今、にわかに注目されている「学生起業家」の実情に迫った。
<Profile>
五十棲 計
株式会社イヴケア代表取締役
1995年生まれ。京都府出身。2014年に滋賀大学入学。教育学部に入学し、同大学大学院にて修士課程を修了。2019年に株式会社イヴケアを設立。
同社では、滋賀大学発の毛髪からストレスを評価する技術でユーザーにとって最適なケアを提案するサービスを制作している。 また、会社の代表をつとめつつ、2020年から兵庫教育大学大学院に博士課程の学生としても活躍中。
ー今、ビジネスの形が多様化する中で、学生のうちに起業する方も増えていますよね。五十棲さんが学生のうちにビジネスの道に進もうと思ったのはなぜなんでしょう。ご自分のやりたいことを明確に持たれていたんでしょうか?
実は僕、はじめはゲームが作りたいと思っていたんですよ。
ーええ!ゲームですか!
はい。高校とか大学の時もそこまで自分が「これがしたい!」というのは特に持っていなくて。大学に入ってからは健康に関わる研究をするようになりました。それで、僕はゲームが趣味だったんですけど、いつしか自分の研究を生かして「やるだけで健康になるゲーム」を作りたいなと思いはじめたんです。そのゲームの企画を持って、いろいろなゲーム会社を受けてみたんですけど、現実はなかなか厳しくて。その夢は挫折してしまったんですね。
それでも、「健康」という研究は自分のテーマとして続けていきたかった。それで、その研究を続けられる環境に身を置こうと考えて、早い段階で研究者の道を選びました。
そんな時に、とあるイベントで僕の技術に興味を持った方が、最初、僕の研究室の先生に「あなたが研究している技術で起業しませんか?」という話を持ち込んでくれて。それで、「起業だったら、就職するよりも自分のやりたいことができるんじゃないか」と思って、自ら手をあげました。即日で起業を決断したんです。
ー即日で決断!?
ええ。言われた瞬間に「これはやった方がいいな」って直感で(笑)自分は学生である、とかはむしろ起業をしてから意識し始めて。起業自体が偉いとか偉くない、とかよりも、自分がしたいことを実現できるのは今このタイミングしかないな、と思って、その日のうちに決めました。
ー自分のやりたいことを実現できるのはこれだ!というタイミングとチャンスが見事に合致した、という感じですね。学生という立場だから思い切って飛び込めた、ということもあるのでしょうか?
それはあるかもしれませんね。学生だったら、もしダメでも失うモノは少ないかな、って(笑)ダメでもいいかなー、くらいの気持ちの方が飛び込みやすいかもしれないですね。
ー五十棲さんは博士課程にも進まれていますが、学生のうちに起業して、代表も務めて、自分でお金を得て生きていくという、普通に就職する学生とは違う道を選んだことに対して不安はありますか?
そういうことは昔からあんまり考えないんですよね(笑)周りと違うことに対してコンプレスを感じることはあんまりなくて。僕は教育学部なので、周囲も9割が教員になっていくんですけど、僕はその中でも教員免許も取得していないので。
もし教員免許を取って「先生になれる」という選択肢が仮にできたとして、自分のやりたいことがどうしようもなくなった時に、「じゃあ先生になろう」で教育者の道に進むのはダメだと思ったんです。退路を絶っておこうという気持ちですね。
ーいわば社会人経験という助走がないまま起業の道へ進んだわけですが、それはどうやってカバーしましたか?
とにかく周りの人を頼ることですね。名刺の交換の仕方とか、そういった基礎的なこととかも最初はわからなかったので、目上の人に聞いたり、周りの人と関わることで勉強しました。でも、気にしすぎると新入社員っぽくなりすぎてしまう。一応、会社の代表なので、「ちゃんとビジネスの交渉ができますよ」っていうのを相手方にも伝えられるように意識はしていますね。僕の場合、僕を「社長社長!」みたいな感じで持ち上げずに、社会人としていろいろ教えてくれる方が多かったのは本当にありがたかったですね。
ー先に社会人を経験しとけばよかったなあ、と思うことはありますか?
間違いなく経験しておけばよかったと思いますね(笑)そもそも社会のルールがわからないし、なにかしら働いていた積み立てがないと「あなたは何者なんですか?」っていう問いにシンプルに答えられない。社会人としての経験が必要なこともたくさんあるし、社会的な信頼とかも無い状態でスタートになるので。それは社会人じゃないと積み立てられないことですよね。
ただ学生起業はある意味、捨て身な状態で始められるので、そういった面でのメリットはありますね。捨て身な分、最初は勢いでその道を選択できるなあ、と。でも、それは会社として形がある程度出来上がるまでのことで、やっぱり事業計画の中で、人を雇用して、お客様と契約して、みたいなことが発生すると、自分だけの会社ではなくなるし、会社として発展すると、必ずどこかで責任というのは生じてきますよね。その責任の中で自分のやるべきことをまっとうする、というのが社会に貢献している証なのかな、って思います。
ー「社会」というものに対して、起業する前と後で予想してたことと違ったり、意外な面などはありましたか?
思っていたより人柄って大事だな、って(笑)起業する前までは仕事ってなにかしらを「こなす作業」っていうイメージだったんですが、人と人のつながりが大切なんだな、って思いました。社会は思ったよりも人情味にあふれていた。血が通っていた、という言い方もできるかな。
それに、自分の仕事に自分をどれだけ込められるかも大事なんだなあ、って発見もありましたね。ビジネス相手に自分の考えを伝える時に、自分の「これを伝えたい!」「あれを伝えたい!」だけでは、なかなかうまくメッセージが届かなくて。なので、まずは伝えたい相手の目に、自分がどう映っているのかイメージするようになりました。そこから、自分のメッセージにどれだけ心を込められるかを意識すると、人への伝わり方って違ってくるんだな、って。いつも同じ資料を用意して、自分のやりたいことだけつらつらと話すだけだと、それはただ単に作業的なことで「仕事」ではないですよね。コミュニケーションがない。だから仕事は相手を想像して、試行錯誤が大事なんだなって。
ー経営者としていきなり社会に飛び込んだからこそ発見できたことでもありますよね。
そうですね。それに、思い付いたことはなんでもやってみた方がいいんだな、って思いました。ダメだったら周りの人がストップをかけてくれるし、ダメなものってアイデアの段階で周りからの反応もあんまり良くないことが多い。なによりもどんどんアウトプットしていくのが大事で、自分の中に留めてしまうと自分の視点でしか物事を捉えられない。思想をアップグレードするという意味でも、それが一番良くないんですよね。
ー五十棲さんも以前は自分の中で物事を完結してしまっていた、ということでしょうか?
ええ。問いと答えを自分の中で終わらせちゃうのがクセでした。でも、自分の中でも答えがなかなか見つからないような仕事が多くなってきて、それでは仕事を回せないな、って思って、困ったことがあったり、自分の中で新しいアイデアが生まれたらとりあえず意見を聞いてみたり。それで「否定されることによって自分の考えは明確になるんだ」って気がついたんです。「それは違うんじゃない?」って人から否定されて、あたらめて自分の考えを省みてみると、より考えがスマートになっていくんだな、って。自分の中に留めておいてしまうと、どんなにいいアイデアでもぼんやりとしたまま終わっちゃうんですよね。だから逆にプレゼンとかをした後に質問がないと悲しくなっちゃう(笑)一方的に話しちゃったかなあ、って反省しますね。なにかしら質問が生まれたということは、そこに引っ掛かりが生じたということなので、それが仮にアイデアに対して否定的なことでも無関心ではなかったということ。コミュニケーションがそこに生じていたからこそ、反論は生まれるので。
ー五十棲さんはシャンプーの会社と提携して共同研究などもされていますよね。ビジネスの世界に自分の研究が反映されていくということだと思いますが、研究者としてご自身の研究に対して向き合う姿勢に変化はありましたか?
今やっているこの研究が世の中に実装されたら嬉しいだろうなあ、って想像しながら取り組むようになりましたね。最終的にどんな風に人の役に立つんだろう、って。以前は興味本位で研究していたこともあって。それはそれでいいんですけど、社会の課題を解決する、という視点で自分の研究はどんな位置付けで役に立てるのか、ってことを考えるようになりましたね。
社会的な位置付けとして、大学発ベンチャーだからこその良さは、研究そのものに対して新しい市場を開拓できることです。
研究者ってやっぱり個性的なんですよ。「どこに使えるのかわかないよ!」って研究っていっぱいあって(笑)でも、そこにはオンリーワンの価値がある。大学の研究はそれが面白いところですよね。その技術や研究を外に出して、社会的な価値にするってなると、それこそ必死こいて売れる場所を考えなきゃダメなんですけど、必死に考えるからこそ、思いもよらなかった需要とか課題とか新しい発見が生まれる。
大学の研究から生まれたもので起業をするって、なにもないところで屋台を広げているようなもので、必死でアピールすることでやっと人が集まってくる。そこで、「実はこれに悩んでいたんだよねえ」とか「これは解決の種になるなあ」とか、なにもないところから徐々に輪が広がっていって、市場が大きくなるイメージですね。
そもそも研究者ってそこそこ哲学を持っていなくちゃできなくて(笑)その哲学が我々のような大学発ベンチャーを通して、社会に実装されて、価値を生んでいく。その面白さもありますよね。
ー今、世の中の風潮として、大学も形がどんどん変わっていて、ビジネスにならない研究じゃないと意味がない、という論調もありますよね。
それは僕もあまり良くないと思っていて、やっぱり大学の本質的な意味って、”知”を創造することだと思うんですね。大学は知識を生み出す場所で、それを運用するのが社会。どんな論文でも「欲しい!」という人がいれば、そこに需要が生まれているということなので無意味なことはない。大学という「”知”を蓄える場所」「”思想”が培われる場所」がある、ということは文化的な意味でもすごく大事だと思いますし、そういう知見がなくなってしまうのは、悲しいですよね。
ー大学に通っていても、なかなか自分の勉強や学問に価値を感じられない学生もいると思います。
最近僕が思うのは、「なりたい自分」って時間軸の上ではどう頑張っても未来にいるから、それに対して今の自分自身と比較するのって、意味ないなって。
「なりたい自分」を思い描くのは確かに大事なことですが、でも大抵の人は現状の自分となりたい自分」を比べて悩みますよね。でも、「なりたい自分」ってどこまで行っても未来に存在しているんです。どうやっても追いつかない未来の姿を追いかけても仕方ないですよね。だから、まずは目の前のことにどれだけ自分を込められるかを大事にして、今自分にできることを精一杯やるべきだ、って。
ー将来の道に迷っていたとしても、今の自分にできることに全力で向き合っていれば自然と道が拓けるかもしれない、と。
「なりたい自分」は未来への方向性を決めるだけのことで、例えば偉人の名言とかと同じような効果しかないんですよね。目の前のことをコツコツ積み上げていった結果、何者かになれるんじゃないかなって。
ー勉強や土台作りから軸足を固めていくのが大切なわけですね。
まあ、学生の時ってそれが遠く感じちゃうものなんですけどね(笑)僕もゲームを作りたい!って考えていた時はなにも地盤がなかったですし。「プログラミングからやった方がいいのかな?」とか、すごい悩みましたね。でも、「なりたい自分」に対してやるべきことって、突拍子もないことではなくて、今の自分ができることをしっかりとやっていくのが大事なんですよね。僕の場合は「なりたい自分」=「ゲームを作っている自分」にひとっ飛びで行こうとしたのがよくなかった。そんなタイミングで起業の話が来て、僕にはそっちの方が今の自分にとってはリアリティを感じられたんです。
僕はこれからの時代、起業をするっていう選択肢が就職とか同列になればいいな、って思っているんです。僕の場合、起業家になったの本当に偶然ですし。起業家は偶然なれるような職なんですよ、って伝えるのも僕の使命かな、って(笑)その来るべき”偶然”に備えておくためにも、まずは自分の地盤を整えておくのが大事なことなんですよね。