なぜ多くの企業はAIを使いこなせないのか──旅館育ちの起業家が見抜いた「本質的な壁」

2025.10.06

AI×働き方研究ノート

取材・文:カラムーチョ伊地知

PwCの2025年の調査によると、日本企業の生成AI利用率は59%に達する一方、
効果を実感している企業はわずか13%。多くがAIを使いこなせていません。

なぜでしょうか?

その答えは、技術的な壁ではなく「組織」「意識」という根本的な問題です。
実際、「AIチャットの利用」から「社内システムとの連携」へ進める企業は3.6%に過ぎず、
54.1%が「人材・ノウハウ不足」を課題に挙げています。

この課題について、生成AI研修「SHISUKANSU」(受講満足度98%※1)を手がける
株式会社boom now代表・西川勇佑氏に話を伺いました。

旅館育ちという異色の起業家が見抜いた、AI導入の“本質的な壁”とは──。
あなたの会社も、同じ壁に直面してはいないでしょうか?

福井の旅館で学んだ「相手の顔が見えないサービスはない」

──まずは西川さんご自身のことからお聞かせください。福井県のご出身だと伺いました。

西川:はい、福井県福井市のあわら温泉で旅館を営む家系の出身です。祖父母が旅館を経営していたので、子どもの頃からホスピタリティの現場に触れて育ちました。

──旅館での経験は、今のお仕事に影響していらっしゃいますか?

西川:大きく影響していますね。旅館は、お客様一人ひとりに合わせたサービスを提供する世界です。「この人は何を求めているのか」「どうすれば喜んでもらえるか」を常に考える。IT業界に入ってからも、その感覚は変わっていません。特にAI研修では、企業ごと、受講者ごとに最適なアプローチを考える必要があるので、旅館経営で培った「相手の顔が見える」感覚が活きていると感じます。

──なるほど。その西川さんが生成AI研修事業「SHISUKANSU(シスウカンスウ)」を立ち上げたきっかけは何だったのでしょうか?

西川:2022年11月末のChatGPT 3.5の登場が、すべての始まりでした。

ChatGPT登場で見えた「企業のAI格差」

西川:当時、私はITコンサル業を行っており、ちょうど大手企業との取引が増えてきたタイミングでした。AIはこれまで何度か注目されてきた時代があったのですが、今回ChatGPT 3.5が登場したとき、「これは世界を変える」と直感したんです。テキスト入力のチャット形式は今とほぼ同じですが、当時はまだ未熟でした。でも、AI技術がこれから爆発的に発展して、新しい市場が広がるという感覚がありました。

──会社のミッションとも合致したと。

西川:ええ。弊社のミッションは「企業価値を最大化させる軍師集団」、そしてバリューに「変化と進化を恐れない、時代のファーストペンギンである」を掲げています。AI技術の登場は、まさにこのミッションとバリューを体現する絶好の機会でした。まずは助成金を活用した研修事業からスタートして、今に至ります。

──実際に研修を始めてみて、企業のAI導入の現状はどう映りましたか?

西川:正直、大手企業も中小企業も、関係なく四苦八苦していました。「AIを使いたい」という気持ちはあるけれど、「どう使えばいいのかわからない」「社内でどう浸透させればいいのか見当もつかない」という状態です。

──それは現場でよく聞く声ですね。

西川:そうなんです。だからこそ、私たちは単なる講師ではなく、企業の課題を一緒に解決するパートナーでありたいと思っています。同社では、「技術のスペシャリストである」「スパイスを加えるプロデューサーである」「伴奏するコンシェルジュである」という3つの約束事を掲げており、こうした姿勢を大切にしています。

「研修を受けても変わらない」企業が抱える3つの壁

 

──生成AI研修「SHISUKANSU」は満足度98%という高い評価を得ていらっしゃいますが、一方で、研修を受けてもなかなかAIを使いこなせない企業もあるのではないでしょうか?

西川:その通りです。実際、企業がAI導入でつまずくポイントは大きく3つあります。

第1の壁──研修外の時間がない

西川:まず一番多いのが、「時間がなくて触れない」という声です。特に技術的な設計が必要なスキルについては、研修期間中であっても「業務が忙しくて、AIに触る時間がない」という人が本当に多い。

──なるほど。それは根深い問題ですね。どう対処していらっしゃるんですか?

西川:私たちは「チームで固定の時間を確保するルールをつくりましょう」と強くお伝えしています。例えば、週に1時間でもいいから、全員でAIに触る時間を業務として組み込む。そして、その時間内で気になる点があれば、すぐに私たちにボールを投げてもらう。研修終了後も週2回の情報配信と3ヶ月間の個別サポートを提供しているので、疑問を放置せずに解決できる仕組みを整えています。

第2の壁──経営陣が理解していない

──2つ目の壁は何でしょうか?

西川:経営陣や上層部が理解していないことです。これが一番大きいかもしれません。組織にAIを浸透させるには、トップの理解が不可欠なんです。現場だけで頑張っても、上が理解していないと、結局うまくいかない。

──まさに「組織の壁」ですね。それに対する解決策は?

西川:私たちの研修では、経営陣や役員は無償で参加できるようにしています。実際、経営陣が参加したチームは、研修後のAI活用率が参加していないチームと比べて明らかに高く、成果にも差が出ています。

──経営陣が「本気だ」と示すことで、現場も本気になると。

西川:その通りです。トップが理解して、「これは会社の未来に必要だ」というメッセージを出すことが、組織全体の意識を変える第一歩になります。

第3の壁──知識が2年前で止まっている

西川:3つ目は、知識が古いままの人がいることです。2年くらい前(※ChatGPT登場直後)の古い知識で止まっていて、主体性がない状態で研修を迎える社員さんがまれにいらっしゃいます。「ChatGPTって、あの精度の低いやつでしょ?」みたいな認識のまま来られるんです。

──それは研修のモチベーションにも影響しそうですね。

西川:ええ。なので、まずはスタートの時点で最新事例や最新ツールを紹介して、AIへの印象を裏返させるようにしています。「今のAIって、こんなことまでできるの?」という驚きを体験していただくことで、学習意欲が一気に高まるんです。

──3つの壁、いずれも技術的な問題ではなく、時間・組織・意識の問題なんですね。つまり、技術が問題なのではなく、企業がつまずくのは、結局のところ、人と組織なんですね。

西川:まさにその通りです。AIツールの使い方を教えるだけなら、誰でもできる。でも、組織として本当にAIを活用できるようになるには、こういった「人と組織」の課題を解決しないといけないんです。

個人のChatGPTと、組織のAI活用は”別物”である

──ここまでのお話で、組織でのAI導入の難しさがよくわかりました。ただ、個人でChatGPTを使うのと、企業が組織的にAIを活用するのとでは、具体的にどう違うのでしょうか?

西川:これは本質的な違いがあります。まず、データ量が圧倒的に違うんです。個人が扱えるデータと比べて、企業が持つデータは桁違いに多い。だからこそ、AIのパフォーマンスを大きく伸ばせる可能性があるんです。

──つまり、組織の方が伸びしろが大きいと。

西川:そうです。ただし、反面としてデータの管理やセキュリティについての知識がないと、なかなか身動きが取れない企業も多い。「個人情報はどう扱えばいいのか」「社外秘のデータをAIに学習させていいのか」といった不安があって、結局手を出せないケースも少なくありません。

──セキュリティの壁ですね。

西川:はい。それからもう一つ、組織には若い人やAI感度の高い人材が今後入社してくる可能性があります。そういった人たちに対して、組織として明確なルールやコントロールができる体制をつくる必要があるんです。管理者側としての意識が問われます。

──個人で使う分には自由ですが、組織だと統制が必要になると。

西川:その通りです。そしてもう一つ重要なのが、コミュニケーションの質を変えることです。AI前提の会話に変えることで、個人で取り組むよりも、組織全体で取り組んだ方が成長できる可能性があります。

──AI前提の会話、というのは?

西川:例えば、「この資料、AIに要約させておいて」とか「このデータ、AIで分析してみたらどうなる?」といった会話が日常的に交わされる状態です。そうなると、チーム全体のAIリテラシーが自然と上がっていくんです。

成功と失敗を分けたもの──現場の声から学ぶ

 

 

──これまで多くの企業を支援されてきた中で、印象的な成功事例があれば教えてください。

西川:アミューズメント会社での事例が特に印象的でした。受講した従業員の方が、プログラミングの知識がまったくなかったにもかかわらず、研修外でも自発的に調べて勉強して、最終的にシステムを開発したんです。

──プログラミング未経験からシステム開発まで?

西川:はい。プログラミング未経験の方でも活用できるツール(例えばGoogle Apps Scriptなど)を使って、業務を効率化するシステムを自分で作り上げました。研修で学んだことをきっかけに、「自分でもできるんだ」という自信を持ってもらえたのが大きかったと思います。

──それは素晴らしい成果ですね。一方で、失敗パターンもあったのでしょうか?

西川:ありますね。ピンポイントの業務課題だけを解決するために参加する意識の方です。「自分の業務に関係ないから」と、他の人の課題解決には興味を示さない。

──それだと成果が限定的になりそうですね。

西川:そうなんです。私たちは受講者の皆さんに、「社内のAIアンバサダーになりましょう」という意識づけをしています。自分の業務だけでなく、他の人の課題にも取り組むことで、AIの応用力が飛躍的に高まるんです。

AI時代の若手に必要なのは「技術」ではなく「設計力」

──AI研修を通じて多くのビジネスパーソンと接する中で、特に20代〜30代の若手にとって、今後求められるスキルはどう変わっていくと思われますか?

西川:一言で言えば、「AIを使う力」ではなく「AIをどう組織で活かすか」を考える力です。技術的なスキルよりも、組織設計やルール策定、コミュニケーション設計の重要性が増していくと思います。

──技術そのものより、使い方の設計ですね。

西川:今後、AIツールはどんどん進化して、使い方自体は簡単になっていきます。でも、「このAIをどういう業務に適用するか」「どうやってチーム全体で使いこなすか」といった設計ができる人材は、まだまだ少ない。そこに若手のチャンスがあると思います。

西川さんが日常で実践する「AIとの付き合い方」

 

──最後に、代表ご自身は日常的にAIをどのように活用されていますか?

西川:日常業務では、資料作成や情報収集、メールの送受信など、幅広く使っています。ただ、私が今一番興味を持っているのは、ウェアラブルAIデバイスです。

──ウェアラブルAIデバイスですか。

西川:スマートグラスと言われるデバイスですね。グラス型のデバイスがAIを活用して、視覚情報や位置情報を含むサービスを提供する可能性があります。来年以降、AI搭載型のハードウェアが市場に続々と投入される予定で、弊社もそこに投資を予定しています。

──AIがさらに生活に溶け込んでいくイメージですね。AI研修事業を通じて、西川さんが実現したい未来像はどういったものでしょうか?

西川:私たちのビジョンは「Make the world boom now(今こそ世界をブームにさせよう)」です。いつの時代も世界を驚かす仕掛け人であり続けたい。AI研修を通じて、企業が本当の意味でAIを使いこなせるようになり、その先に新しいイノベーションが生まれる。そういう未来をつくるお手伝いがしたいですね。

読者への提言──明日から始める「組織のAI化」3ステップ

──最後に、この記事を読んでいる企業担当者や若手ビジネスパーソンに向けて、明日から始められる具体的なアクションを教えていただけますか?

西川:3つのステップをお伝えします。

ステップ1:経営陣を巻き込む

西川:まず、上層部の理解を得ることです。経営陣が「AIは重要だ」というメッセージを出さないと、組織全体には浸透しません。もし研修を導入するなら、経営陣にも参加してもらうことをお勧めします。

ステップ2:固定時間を確保する

西川:「時間がない」を言い訳にしない仕組みをつくることです。週に1時間でもいいので、チーム全員でAIに触る時間を業務として確保する。それを継続することで、確実にスキルが身につきます。

ステップ3:自分の業務を超える

西川:自分の業務だけでなく、他の人の課題にも取り組むことです。社内のAIアンバサダーとして、周りの人のAI活用をサポートする。そうすることで、自分自身の応用力も高まります。

──この3つを実践すれば、組織のAI化は進むと。

西川:はい。私たちboom nowも、研修後3ヶ月間の運用状況をチェックして、レポートを作成しています。延べ1000を超えるカリキュラムからカスタマイズ選定されたカリキュラムとシミュレーションを提案することで、企業ごとの課題に寄り添っています。

──本日は貴重なお話をありがとうございました。

西川:こちらこそ、ありがとうございました。

【取材を終えて】

「技術が問題ではない。人と組織が問題だ」──西川さんの言葉が、取材を通じて何度も頭に響いた。AI導入の壁は、ツールの使い方ではなく、時間の確保、経営陣の理解、そして意識の更新にある。西川さんが福井の旅館で学んだ「相手に合わせる」というホスピタリティの精神は、AI研修という形で企業に寄り添い続けている。あなたの会社も、明日から3つのステップを実践してみてはどうだろうか。

株式会社boom now
https://boom-now.biz/
生成AI研修「SHISUKANSU」満足度98%※1
助成金活用サポート・3ヶ月間の個別フォロー付き

※1 同社による受講者アンケート調べ(インタビュー時点)

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